暗く、多くの蝋燭の灯りが揺らぎ、ざわつく薄暗い部屋。
ここに、灯の消えた二つの蝋燭があります。
この蝋燭は、ある二人の人物の象徴でもありました。
決して同じ時を生きることの出来ない二人でしたが、何故か互いに強く思い合っておりました。

 よく、蝋燭の焔は命に例えられます。
これらの蝋燭も同様、各々一人の人間の命を司っておりました。
しかじ、なぜかこの蝋燭は同時に焔を燈すことが出来ないのであります。
二人は重い罪を犯した為、神様から罰を与えられたのです。


 始めは、二人とも互いを知ってはおりませんでした。
男は生前のことも、全く覚えておりませんでした。
この部屋を出ることを許されず、時が動いているかどうかすら分からないこの部屋で、燈る蝋燭を眺めるだけの仕事。
それは、自らの蝋燭の焔が消えるまで続く…

自分がどんな大罪を犯してしまったのか。
男は、そんなことばかりを考えながら日々を過ごしていました。

時々気が向いたら、自分の蝋燭からもう一方の蝋燭へと灯を移す。
すると自らはだんだんと朧になり、意識も薄れる。
そして、気が付くとまた一人で其の部屋にいる。わずかに自分以外の誰かが其処に在った気配を感じて。

其の瞬間だけが、自分以外の存在を感じることができる。

誰かが読みかけていた本や、飲みかけのカップ。
片付けられないまま、残された物達。


そんな遣り取りが何度か続いていました。
すると、自然と互いに蝋燭の長さを合わせるようになりました。
互いに相手が快適に過ごせるようにと、気を使うようになりました。
テーブルの上に置かれたカップを洗っておいたり、掃除をしてみたり。
眠りに付く前に、何らかの心馳せがありました。
そのせいか、もう男は自分の生前の事など全く考えないようになりました。
もう、思い出すことなど出来ない。
愚考は止めて、誰かの為に何かをしようと思案する方がずっと良い。
そう考えるようになりました。


ある日のこと。
男が自らの蝋燭の灯をもう一方へ移そうとした時、神様が降りてきて言いました。

「この蝋燭の片方の蝋燭が燃え尽きたら、残った片方に復活のチャンスをやろう。」

今迄互いに会う事も無く、名前や性別も語る事を許されずにいた二人。
片一方だけが、生き残れるとしたら?
自分が、また現世に戻れるとしたら。
しかし、そのためにはもう片方の蝋燭の灯が燃え尽きるのを待たなければならない。
そう考えると、どうしても自分が長く生きれないような気がしました。
それに何故か、自分は再び生きるチャンスをもらうことがひどく無為な事に思えます。
それでももう一度生きたい、という気持ちがどこかにあり、それを完全に否定出来ないのも確かでした。

「もう少し、考える時間を下さい。」

男はそう言って、焔を消しました。


男は、目を覚ましました。
目の前には神様がいます。
「おめでとう。お前の蝋燭が残ったよ。」
そう言って男の手に渡されたのは、先程と寸分違わない長さの自分の蝋燭。
「これは、一体どういうことですか?」
辺りを見回すと、今迄自分一人でしか存在し得なかった部屋に、神様と、倒れた人間がそこに在りました。
「そら、あの者の蝋燭が先に尽きてしまったのだよ。」

男は、目を見張りました。
自分の蝋燭がいつも置いてあったその場所には、燃え尽きてもう冷たくなってしまった蝋燭の芯が。

「さぁ、その残った蝋燭の分が、お前の此岸での寿命となる。」
足元の抜け殻の存在など気にせず、神は男に現世へと戻る道を聞かせます。
とくに、注意すべき点は、帰路途中で蝋燭の灯を決して消さないこと。でした。
「この蝋燭の焔が消えたら、私はどうなるのですか?」
男は問います。
「その灯が消えれば、お前の命も消える。この者のように。」
神は初めて、斃れている女の方を向きました。
「そうですか。」
男はそう呟くと、
自分の為に命尽きた女の手を取り、ふっと、蝋燭に息を吹きかける。
神が止める間もありませんでした。
蝋燭からは、白い蝋の煙があがり、男はそこに倒れこんだのです。

 その女の顔を見た瞬間、男は生前自分に何が起きたのかを思い出しました。

自分達の犯した大罪。
それは、神から戴いた命を自ら断ったことだった。
互いに添い遂げられない運命を嘆き、共に崖から海へ身を投げた。
神を呪いながら。

 焔は消え、男も彼女と同じ処へ行けるはず。
それなのに、男は目覚めました。
目の前には神の姿があります。

「私は、お前を生き返らすと決めたのだ。だから、お前は此岸へ帰らなくてはならない。」
それに、と言葉は続きます。
「その2本の蝋燭は同時に焔が灯ることはないが、2つとも消えることは決してないのだ。だから、今その蝋燭の焔を消そうとしても無駄だ。」

男は絶望しました。
命を賭してまで愛した人はもういないというのに、神は自分に生きろと言うのか。
それが、自らが犯した罪の報いなのだろうか。
ここにいるだけで、後悔ばかりが頭を巡ります。

 彼女は迷いなく、自分の幸福を願った。 
もしかしたら、彼女は現世の記憶を失わずに過ごしていたのか。
飲みかけのカップも、読みかけの本も、彼女の主張だったのかもしれない。
自分はここにいる、思い出して。と。

 
 男は、病院のベッドで目を覚ましました。
当然、彼はあの蝋燭の記憶などありません。
急いでやってきた医者に彼女が死んだことを告げられ、彼はひどく悲しみました。

 それでも何年かすると、彼は新しい恋人をつくり、そのまた数年後には幸せな家庭を築きました。

 彼が幸福になった理由、それはあの暗い部屋での出来事。
「私は消えても構わない。だから、彼を幸福にして。」
一人の女性のそんな願いのお陰だったのです

ですから彼は、これからもずっと幸福に暮らすことでしょう。
二人分の祝福を受けて。